お知らせ

「立場の異なる人たちの思いが重なる場所で絵を描くのはおもしろかったです」宮若国際芸術トリエンナーレ招聘アーティスト・生島国宜インタビュー

2021.10.29 お知らせ
生島国宜

2021年7月から開催している第1回宮若国際芸術トリエンナーレ『TRAiART』。本インタビューでは、招聘アーティストとして宮若市の廃校跡施設に作品を展示する、九州にゆかりのある若手アーティストたちに注目。第1回は、福岡を拠点に活動し、著名人のポートレート制作や様々な表現者たちとのコラボレーションを行ってきた生島国宜さんにTRAiARTへの思いや作品制作時に考えていたことなどを伺いました。

地域の人に望まれるアートを考えた

--宮若国際芸術トリエンナーレへの参加が決定した2020年の秋、生島さんはどのように過ごされていましたか。

(生島)2020年は台湾での個展などの予定があったんですけど、コロナ禍の影響で春の時点で全部中止になって、美術館もほとんど閉まっていました。でもネガティブな気持ちはあまりなくて、ここ数年展覧会の話が途切れてなかったから「むしろ自分とじっくり向き合ういい機会かもしれない」と夏ぐらいまではマイペースに過ごしていました。

夏頃からまた美術館やギャラリーから声がかかって、自分でも博多阪急で展覧会を共同企画して、結構忙しかったですね。それが終わった頃に今回のお話をいただきました。九州でトリエンナーレをやることへの驚きもあり、大規模な美術展は制作側としても見る側としてもずっと望んでいたことだったので嬉しさもありました。

取材時、生島さんのアトリエにて。
取材時、生島さんのアトリエにて。


--宮若市を訪れたときの第一印象はいかがでしたか?

(生島)福岡市から峠を越えて行ったら、犬鳴川があってその両側に山が広がっていて、こんなきれいな景色があるところなんだと思いました。冬だからススキがめちゃくちゃきれいで、ただただ美しいと感動したのを覚えています。


--その他に印象に残っていることはありますか。

(生島)どういう場所なのかは自分にとって作品のイメージソースになるので、旧吉川小学校の地域周辺を歩きました。その時に何人か宮若の人とも会って、みんな吉川小学校が改装工事をしていることは知っているんですよ。「あそこに絵を入れるんです」と話したら、「そうなんや!見に行くわ」と言ってくれて、みんなどう変わっていくのかは気にかけているし大事にしてきた場所なんだと感じました。


--トリエンナーレにおける制作や作品と地域の関係についても考えられたんですね。

(生島)地元の人が作品を見てどう思うかは常に念頭にありました。人がどう受け取るかは結構考えますね。アートイベントとしても、地元の人が求めていないのに「これが最先端のアートですよ。」と外から無理やり持ち込んだとて地域の人がそれを望んでいなかったら意味がないと思っています。

アトリエには、画材やキャンバスのほか、レコードや本、古道具など生島さんの趣味のものが多く置かれている。
アトリエには、画材やキャンバスのほか、レコードや本、古道具など生島さんの趣味のものが多く置かれている。

「ゆっくり描く」と「他者とつくる」がリンクしていく

--今回の展示では、新作4点を含む6点の絵がMUSUBU AI(旧吉川小学校)に展示されます。それぞれの作品について教えてください。

(生島)『ワンダーランド・ワールドワイド・インマイソウル』は、宮若市が北九州市と福岡市のどちらからも等距離なのがおもしろいと思ったことから、北九州の公園や福岡市の水上公園にあるオブジェ、犬鳴川のほとりで見た小屋などを描きました。

『ワンダーランド・ワールドワイド・インマイソウル』。生島さんが宮若市で訪れた古物屋で見かけたり買ったりしたものも描いている。
『ワンダーランド・ワールドワイド・インマイソウル』。生島さんが宮若市で訪れた古物屋で見かけたり買ったりしたものも描いている。



(生島)『吉川みちこ』は、戦前に小学校に通っていた女の子・あらいみちこが学校課題で作った切り絵のリメイクと、僕が吉川小学校付近を散策して見つけたものを9枚のキャンバスに描いています。

生島さんのアトリエで撮影した『吉川みちこ』。
生島さんのアトリエで撮影した『吉川みちこ』。


(生島)2017-18年に九州芸文館で開催された「筑後アート往来」の時から小学生が描いた絵のリメイクみたいなことを始めたんです。小学生の絵ってすごく心を打たれるんですよね。


--どのあたりに心打たれるのでしょうか。

(生島)ただ絵が好きという気持ちだけで全力で描けるところ。みちこの作品も、元は色紙を切って紙に貼っているだけですよね。技術や色の構成は拙い。でも、そのピュアさが良いと思います。

大人になっていろんなことができるようになると、好きだけで絵を描くことが難しくなっていくんです。例えば、高校球児は怪我も恐れずに今このときの全力プレーをするけど、プロ選手になると怪我をしないように気をつけながら長期的に結果を出すようになる。アーティストも似たようなところがあります。たまに全力を出してもあのピュアさには敵わない。だからこそ刺激をもらえますね。


--リメイクという意味では、岩佐又兵衛(注)の『若宮三十六歌仙』にインスパイアされた『小田のかはずの夕暮れの声』もそうですね。

(注)岩佐又兵衛とは、江戸時代初期の絵師。凄惨な描写の絵巻で注目される一方、穏やかな源氏絵や遊楽図なども多く手がけた。



(生島)岩佐又兵衛は名前と功績だけを知っている作家で、奇妙なおどろおどろしい絵を描いているイメージがあったんですね。今回の制作にあたって、福岡市美術館に収蔵されている『若宮三十六歌仙絵』を見に行ったのですが、イメージと違ってやわらかくて洗練されていると感じました。

それで一気に又兵衛に共感できたんですよね。


--どのようなところに共感できたのでしょうか。

(生島)僕もお化けのような人のような、ドロドロした絵を描いていた頃がありました。その頃って、パンク精神、反抗精神みたいなのがあった。「なんでこんなにやっているのに世の中に認められないんだ」とイライラしていたし、「俺が俺が」という気持ちが強くて人の話も聞けていませんでした。

でも、年齢を重ねていくうちにだんだんその姿勢にも飽きてきて、「人の話を聞こう。場所やイベントの都合も考えながら作品をつくろう」と思えるようになってきた。自然体で絵を描けるのもとても良いな、と。それから、しっかりと人を描くようになってポートレートが自分の代名詞のようになっていきました。

又兵衛の心の移り変わりみたいなことはわかりませんが、自分の中で重なる部分があると感じています。


--生島さんが今に至るまでにそのような道のりがあったのですね。

おもしろいことに、気持ちとともに技法も変わりました。若い頃は、油絵はゆっくり乾くのが嫌でアクリル絵の具で描いていました。でも、数年前に油絵はゆっくり描けるからいいなって思って、20年ぶりぐらいに戻したんです。最初は点しか打てなかったけど、最近絵が描けるようになりました。

油絵の具で描画する生島さん。「油絵はゆっくり乾くから描くよりも絵を眺めている時間の方が長い。その時間にトライアンドエラーしています」と語る。
油絵の具で描画する生島さん。「油絵はゆっくり乾くから描くよりも絵を眺めている時間の方が長い。その時間にトライアンドエラーしています」と語る。


--気持ちひとつでいろんなことが変わるんですね。

今回展示する絵は、バキバキの色彩で自分の個性を発揮している作品ではありませんが、『若宮三十六歌仙』も一見、又兵衛らしさはないけれどじわっと滲み出る気持ち悪さみたいなのがあるんですね。だから、よく見たらなんかおかしいとか、何やろこれと感じる謎かけのような要素は結構入れているつもりです。僕の絵を何度も見るであろう施設で働く人たちにも楽しんでもらえるんじゃないかな。

目や心の感じるままに作品を受け取ってください

--今回の制作で特に考えていたことはありますか?

(生島)いろんな人を巻き込みながら展覧会や作品を作っていくのは刺激があるし世界が広がるなと改めて思っています。今回は展示する場所が人が働く施設なので、建物を作っている人や、かつて学校に通っていた地元の人たち、トリエンナーレをしようという人たちと様々な人の思いがあるじゃないですか。そういう状況の中に放り込まれるのが結構好きなんです。

生島さん、一つ一つ丁寧に語る。


(生島)それから、統括キュレーターの齋藤さんや事務局の方々とのやり取りのなかで、作品を作っていくのはおもしろかったですね。最初からお互いが言ってることを完全に理解できるわけじゃないし、よくわからないって思うこともあるけど、自分だけでは出てこない物を引き出してもらっている感覚があります。施設に因んでAIについて考えたのも懐かしいですね(笑)


--トリエンナーレを訪れる人に対して一言お願いします。

(生島)作品の核である雰囲気や空気感をただ楽しむのもいいですし、絵に含ませた謎かけの要素を解いていくのもおもしろいと思います。作品は、正解がないし、つくって終わりではありません。見る人がどんなことを思うか、どういう価値を感じるかが大事。僕は自分が一番気持ちいい塗りや線で作品を作ったので、自分のことは伝えられたかなと思っています。あとは、皆さんにどのように受け取ってもらえるのかが楽しみです。

生島さん、アトリエにて。


生島国宜 | ixima kuniyosi

プロフィール

1980年福岡県生まれ、画家。武蔵野美術大学油絵学科を卒業後、2006年より福岡を拠点に活動。2014年には、ディオール特別展「Esprit Dior」(東京)にてクリスチャン・ディオールの肖像画を手掛ける。国内外多数の個展・グループ展への参加の他、展覧会・イベントの企画構成、ミュージシャン・ダンサーとのコラボレーションを行う等幅広く活動している。

ixima_kuniyosi
撮影:泉山朗土

撮影:勝村祐紀(勝村写真事務所)
取材:立野由利子(ピノー株式会社)