お知らせ

「ありのままの私たちも素敵だよ、と伝えられる作品を」宮若国際芸術トリエンナーレ招聘アーティスト・しまうちみかインタビュー

2021.10.29 お知らせ
しまうちみか

2021年7月から開催している第1回宮若国際芸術トリエンナーレ。本インタビューでは、招聘アーティストとして宮若市の廃校跡施設に作品を展示する、九州にゆかりのある若手アーティストたちに注目。

第2回は、熊本を拠点に活動し、海外でのレジデンスも多く経験している、しまうちみかさんにTRAiARTへの思いや作品制作時に考えていたことなどを伺いました。

自分のオリジナリティとは何かを問われていた

--宮若国際芸術トリエンナーレへの参加が決定した2020年の夏、しまうちさんにとってどのような時期でしたか。

(しまうち)2018年、2019年といくつか海外のレジデンスに行ったのをきっかけに「自分のオリジナル」について考え始めた時期でした。私は渡航先であたかも自分がスタバの抹茶味であるかのように振る舞ってしまっていたんですね。向こうの人が抱く日本のパブリックイメージを無自覚に演じていたように思います。

取材時、熊本県菊池市の龍門アーティストスタジオ(旧龍門小学校)にて。教室のひとつをアトリエとして活用。生まれ育った熊本を拠点に2018年から本格的に制作を行っている。
取材時、熊本県菊池市の龍門アーティストスタジオ(旧龍門小学校)にて。教室のひとつをアトリエとして活用。生まれ育った熊本を拠点に2018年から本格的に制作を行っている。


(しまうち)でも、海外で知り合った人たちに言われたのは「スシ、ゲイシャ、フジヤマは知ってるからもういい。あなたの住んでいるところについて教えて」。日本に来ていた外国人のアーティストにも、ローカルな地域の、メニューのない居酒屋さんを教えてくれと言われました。その土地にしかないもの、そこでしか味わえないものが求められているんですね。そういった経験によって自分のオリジナリティを問い直された気がして、九州や熊本といった地元に対する興味が強くなっていきました。

関東出身の友人に地方都市のオリジナリティが強く出ているのは牛乳パックだと聞いて、2019年ごろから全国各地のパックを集めています。

工具や試作の作品だけでなく、棚の上には集めている各地のご当地牛乳パックが飾られるしまうちさんのアトリエ。ネーミングやカラフルなパッケージデザインに特色が表れている。
工具や試作の作品だけでなく、棚の上には集めている各地のご当地牛乳パックが飾られるしまうちさんのアトリエ。ネーミングやカラフルなパッケージデザインに特色が表れている。


(しまうち)コロナで遠くへ移動することが難しいからこそ自分たちの足元を見たいと思っていたので、宮若市で作品をつくるというのは自分の状況にフィットしたものでした。

今回、自分のなかのテーマは「自分の足元を見る」。ずっと「自立する」というコンセプトで活動してきました。それは、地方に根ざして作品を作ることやアートが染み込まない土地で活動していく意味を探っていくことでもあったのですが、コロナをきっかけに地方からグローバルが見えてきつつあると感じています。宮若や自分が活動している地域を意識することがグローバルに物事を見たり考えたりするために必要なことだと思います。


--宮若市を訪れたときの第一印象はいかがでしたか?

(しまうち)新しいものを受け入れる寛容さがあるんだな、と。竹原古墳に行ったら、大陸文化の影響を受けた壁画があって、海を渡ってきた文化を受け入れてきた土地というイメージを持ちました。宮若市も若宮と宮田が合併したところですし、TRIALのような大きな民間企業が新しくやってくることも、「新しいものがはいってくる土地」というイメージを沸かせます。

それから、追い出し猫(注)もおもしろい。実はオセアニア美術にも似たような像があるんですよ。抽象化、省略化していくと離れた国や文化圏から似たような造形が出てきて、全く異なる2点がつながる。ワームホールみたいで宇宙的なつながりを感じますね。そういうことからも、ローカルを掘り下げるとグローバルになると思っています。

(注)宮若の地に古くから語り継がれている、寺を荒らす大ネズミを退治した猫の伝説に由来する縁起物。両面に顔があり、片方は、睨み顔で災いを追い出し、もう片方は笑顔で福を招くという。

VRゴーグルを装着した猫やSNSアイコンなどの小作品群「PLAY GROUND〜あたらしいものが入ってくる〜」。写真左には、追い出し猫と同じように、胴体がつながり頭がそれぞれ反対の方向を向いているオセアニア美術の彫像から影響を受けた作品が置かれている。
VRゴーグルを装着した猫やSNSアイコンなどの小作品群「PLAY GROUND〜あたらしいものが入ってくる〜」。写真左には、追い出し猫と同じように、胴体がつながり頭がそれぞれ反対の方向を向いているオセアニア美術の彫像から影響を受けた作品が置かれている。


--しまうちさんの作品が設置される、ファッションやカルチャーの発信を行う「MEDIA BASE」についてはどう思われますか。

(しまうち)すごく新しい試みをしていますよね。インフルエンサーやYouTuberを呼ぶと聞いて、最初はびっくりしました。友人に「インフルエンサーって何?」とか聞いて(笑)今の私たちのオリジナルってなんだろうとルーツを掘りながらも「今」を見る余裕がなかったので、良い機会になったと思っています。

遊びのあるゆるい作品も作っていいんじゃない?とも思えてきて、小作品としてYouTubeのアイコンなども展示予定です。

YouTubeのアイコンを模してつくった粘土の作品の制作中の写真。小作品群「PLAY GROUND〜あたらしいものが入ってくる〜」として展示されている。
YouTubeのアイコンを模してつくった粘土の作品の制作中の写真。小作品群「PLAY GROUND〜あたらしいものが入ってくる〜」として展示されている。


大変な時こそ気楽な作品が見たい

--TRAiARTのメイン作品、大きな犬がTシャツを着ている「Bow!」の着想について教えてください。

(しまうち)まず、メディアベースがファッションに深く関わるということで、自分の中で思うファッションから考えていきました。

多くのファッションやカルチャーは、外国やよその地域から入ってきたもので、私たちはそのことをあまり深く考えずに消費していることもある。Tシャツに書かれた英文の意味が分からないまま身に着けてしまうなんてこともあるけど、それも含めて自分たちを丸ごと肯定しようと思いました。

服を着ているのが犬になったのはいくつか理由があります。以前からGOD⇄DOG、KAMI⇄MIKAという言葉遊びから、犬を自分の自画像として制作していたんです。犬そのものも、野生の生き物と人間のあいだにいるような存在だと考えていました。私たちも自分たちでは文明的だと思っているけれど、動物からみればひどく野蛮な存在かもしれない。人間も、野蛮と文明を行き来している存在ではないかと思います。そういったところに犬へのシンパシーを感じますね。

犬が服を着ているのは人間がさせていること、シビライゼーション(文明的)な印象があって、普段人が服を着ていても注目しないけど、犬だったら注目しますよね。その非対称な感じもおもしろくなるんじゃないかと思いました。


--なるほど。作品が形になるまではどのような過程を経ているのでしょうか。

(しまうち)マケット(彫刻の試作のための雛形)やドローイングで考えていくことが多いですが、最初は直感で素早くやったほうがいいんです。時間をかけすぎると感動が死んでしまうから。しっかりとコンセプトを立てて作る人もいますが、私自身は手の感覚とか直感の方が強いと思っています。

粘土でマケットを作っているところ。メイン作品「Bow!」もここから生まれた。
粘土でマケットを作っているところ。メイン作品「Bow!」もここから生まれた。


(しまうち)今回は、決まるまでずいぶん時間がかかりましたね。一度決まったら、直感をマネして作品を作っていくので、いかに感動を減らさずやっていくかが大変。自分がおもしろいと思ってないとおもしろくなくなっちゃいますから。Tシャツを着た犬はいろいろ作る中で「これだ」と思えました。

メイン作品「Bow!」の頭部の型。作品全体で800kgの粘土で厚みを増しながら完成に近づけていく。しまうちさんは計算ではなく感覚的に手を動かすことが多いそう。
メイン作品「Bow!」の頭部の型。作品全体で800kgの粘土で厚みを増しながら完成に近づけていく。しまうちさんは計算ではなく感覚的に手を動かすことが多いそう。


--今回の制作で特に感じたこと、考えたことはありますか。

(しまうち)地方都市を拠点にしていると、資本主義や合理化が進んで、自分たちの街にしかなかったものがどんどん消えていくのを目の当たりにすることがあります。でも、私たちも合理化の恩恵にあずかっているんですよね。学校帰りにみんなでマックで駄弁った青春時代やコストコに行ったかどうかで盛り上がる最近の出来事も私たちのアイデンティティのひとつ。大きな文化を受け入れながら、自分たちの隠せない土着的な雰囲気も否定することなく、どちらとも付き合っていく意思表明をしたいと思って制作していました。

文化を扱う難しさみたいなものも感じました。地域に埋まっているローカルなものは丁寧に扱いつつ、あんまり踏み荒らさないことが大事だと思います。


--しまうちさんの作品は、ゆったりとした造形のイメージがありますがそういった作風になったのは、いつごろからですか?

(しまうち)2016年の熊本地震はひとつの契機です。それまでは、シリアスなテーマをシリアスな見た目の作品で表現していました。だけど自分が被災者になったときに、気楽な作品が見たいと思ったんですね。当時は、深刻な心配よりも身近な人からの気楽な冗談に随分助けられたことを覚えています。自分も大変なのに平気そうな顔をして、他人を笑顔にさせるところに人間の強さを感じました。

インタビューに応じるしまうちさん。


手でつくったからこその柔らかさ、寛容さを感じてほしい

--宮若国際芸術トリエンナーレは九州で行われるトリエンナーレ。だからこそ思うことはありますか。

(しまうち)肩の力を抜いて自分がやりたいことを見つめ直せている感覚があります。関東にアプライされて行くこともよくありますが、どうしても変に襟を正してしまうことが自分のなかで課題でした。いまは、自分のやり方で自然にできている時期だと思います。

九州のアーティストを選んでくださって、こうやって地産地消みたいな形でトリエンナーレに参加させていただけることは、地方を拠点にしている作家にとってありがたいことです。

私はローカルおもしろいじゃん、って思えるようになり熊本を拠点に活動してきましたが、それが肯定されたような気がして嬉しく思いました。

MEDIA BASE(旧笠松小学校)のアートギャラリー1階に展示されているしまうちさんの作品「Bow!」。静かな空間で作品とじっくり向き合う時間を過ごすことができる。
MEDIA BASE(旧笠松小学校)のアートギャラリー1階に展示されているしまうちさんの作品「Bow!」。静かな空間で作品とじっくり向き合う時間を過ごすことができる。


--トリエンナーレを訪れる人に対して一言お願いします。

(しまうち)常々思っているのは、完璧じゃないと恥ずかしいという考えにみんな囚われているんじゃないか、ということ。たとえばSNSでも良いご飯を食べた時だけ写真を上げる。それも同じカットを何度も何度も撮り直して、一番良いのを加工しているわけです。それがスマホの画面に並んでいるのを見ると「自分もそうでないといけない」という圧力にみんな無意識にさらされているんじゃないかな。

完璧じゃなくてもいい。自分たちは自分たちで素晴らしいんだよ、と伝えたいと思いながらこれまでも制作してきました。私の作品は指紋が残っていることもあるし、形も子どもが作ったよう。それは、ある基準では「不完全」と言われてしまうかもしれないけど、手で作ったからこその柔らかさ、寛容さを感じてほしいなと思います。

社会が寛容でなくなっていくのをいろんな場面で感じるけれど、こうやって新しいことも始まるし、今は今で楽しみましょう。写真を撮ったり、SNSにあげたり、思い思いのやり方で楽しんでください。

龍門アーティストスタジオ(旧龍門小学校)のグラウンドにて。
龍門アーティストスタジオ(旧龍門小学校)のグラウンドにて。


しまうちみか | Mika Shimauchi

プロフィール

1987年、熊本県生まれ。現代美術家。崇城大学大学院芸術研究科を卒業後、熊本にある廃校を利用した集合スタジオ龍門アーティストスタジオを拠点に活動をしている。代表作は『自立について』『DOG HEAD』等。2018 年には、「TIGER HOUSE STUDIO」(上海)、「Vermont Studio Center」(アメリカ)などの、レジデンスプログラムに参加。その他、国内外での個展・グループ展に多数参加。ドローイングから着想した、曖昧さ、不確実性を内包する造形作品を多く制作している。

Photo:RYO Ito


撮影:勝村祐紀(勝村写真事務所)
取材:立野由利子(ピノー株式会社)