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「自分の居場所をもうひとつ作る気持ちで作品を体験してほしい」宮若国際芸術トリエンナーレ招聘アーティスト・日山豪インタビュー

2021.10.29 お知らせ
日山豪

2021年7月から開催している第1回宮若国際芸術トリエンナーレ。本インタビューでは、招聘アーティストとして宮若市の廃校跡施設に作品を展示する、九州にゆかりのある若手アーティストたちに注目。

第4回は、サウンドデザイナーとして多くの企業やイベントへの楽曲提供、モノと音の融合する商品の開発などを行う傍ら、音についての個展も開く日山豪さんにTRAiARTへの思いや作品制作時に考えていたことなどを伺いました。

社会に対して音楽で広く深く関わっていきたかった

--以前はハードテクノの分野でDJとしてご活躍されていましたが、サウンドデザイナーになられたきっかけはなんですか。

(日山)目標としていたクラブで演奏できるようになっていくにつれ、音楽が好きな人が自然と集まるクラブだけでなく、もっと多くの人たちにも届けていける音と向き合いたい思うようになったことがきっかけです。そこから、サウンドデザインを捉え直して、多くの企業や個人の方にご協力のもと、今の活動につながっています。   

--サウンドデザインの定義について教えてください。

(日山)僕の中での定義は、届ける方の場所や体験、使いやすさなどを考え、向き合い、音を作っています。グラフィックデザインやWebデザインと同じように、サウンドデザインも、ユーザー視点と向き合いながら、仕事をしています。


--サウンドデザインの傍ら、アート活動もやってこられましたね。

(日山)アートも自分がやりたいことの一つです。

2018年の個展「音を鳴らすということ」では、空間に複数の絃を張ってそれらを体験者が自由に鳴らすインスタレーション作品「絃」を展示しました。仕組みはシンプルですが、いつの間にか体験者同士でセッションが始まったり、絃の音に合わせて踊る人がいたり、様々な現象が起こって大変興味深かったです。音が存在することでこんなに楽しいことが起きるのか、と改めて思いましたし、体験いただいた方々にも伝わってくれていたらと思います。

今回のトリエンナーレについては、自分のように、アートに向き合いはじめた人間が招聘アーティストに選ばれるというのは、ただただ嬉しく光栄です。

個展「音を鳴らすということ」での作品「絃」。体験者が自由に絃を鳴らす体験型のインスタレーション。
個展「音を鳴らすということ」での作品「絃」。体験者が自由に絃を鳴らす体験型のインスタレーション。(https://youtu.be/h6yx3L2mScE)

自分がいる場所をどう定義していくのか

--宮若市を訪れたときの第一印象はいかがでしたか。

(日山)福岡市からの近さに驚きました。福岡市内から一時間ほどで、こんなに景色が変わるんだと。それから、トヨタをはじめ多くの施設があって製造業が根付いているのかなと。初めて足を運んだ時、なぜここにトライアルさんが拠点を置くんだろうという疑問があったことを覚えています。

会場となるTRIAL IoT Lab(旧宮田西中学校)の体育館で、トライアルの方の説明を伺い、本格的に腰を据える覚悟や立地の近さなども、とても納得しました。


--今回は「at here」という作品を制作されました。作品のコンセプトと概要を教えてください。

(日山)作品は、体験者がマイクに吹き込んだ声を音色に変換し、スピーカーに保存され出力を繰り返すというもの。

宮若市に行った時に「トライアルさんはここにいるんだな」と。僕も宮若市に意識を置いて作品を作ろうとしている。体験者の皆さんにも分身となる存在をここに残していってもらいたい。自分が発した言葉がここに存在しているということが、"自分がここにいる"という意識につながるのではないかという考えから生まれた作品です。

TRIAL IoT Lab(旧宮田西中学校)の体育館に展示される日山さんが制作した「at here」。空間全体を活かした作品となっている。
TRIAL IoT Lab(旧宮田西中学校)の体育館に展示される日山さんが制作した「at here」。空間全体を活かした作品となっている。


--もうひとつ「地方」というキーワードから着想を得たとも伺いましたが、「地方」をどのように捉えましたか。

(日山)今回作品の軸となった「地方」というキーワードは、以前から自分も気になっていた言葉で、今回の作品制作において、改めて考え直すきっかけになりました。

これまで地域振興の案件に携わるときに「(この土地)らしさを出してほしい」と言われることもありますし、全国的に流行しているコンテンツを実施したいといった話を伺うこともあります。考えれば考えるほど、「地方」という言葉は、所在地がわからないような、らしさがどこにあるのか、モヤモヤした不思議な感覚があります。


--今回の制作を通じて「地方」という言葉への不思議な感覚は解消されましたか。

(日山)「地方」で起きることや現状は、独特な文脈があって、そういうところを紐解きたくて社会学も調べてみようかなと思っています。僕もまだ答えは見つかっていなくて、考えているところです。単純に、中央と地方で分けてしまうことにも違和感がありまして、作品を通じて疑問を投げかけていけたらと思いました。

ある文化や風土が根付く土地で工芸品を作っている方は、自分がいる場所を「産地」と呼んでいましたね。中央、地方という分け方ではなくて、工芸品を作っている自分がいる場所が産地なんだと。「産地」は自分の居場所であって、とても魅力的な言葉だと思います。「地方」という言葉にも自分の居場所というニュアンスが入ることで、もっと魅力的な居場所になるのかなと思います。

「at here」を構成する3つのスピーカーは水槽型、円球型、壁掛け型とバラエティに富んでいる。スピーカーは体験者の分身(声)が空間に点在する。
「at here」を構成する3つのスピーカーは水槽型、円球型、壁掛け型とバラエティに富んでいる。スピーカーは体験者の分身(声)が空間に点在する。

体験者の分身と共に完成し、3年後に新しい姿をあらわす作品

--作品には先ほどお話ししていた中央と地方の関係を表すような仕掛けもあるんですよね。

(日山)そうなんです。ひとつはスピーカーを複数置くこと。今回は3つあるスピーカーのうちどれに声を残すのかを選ぶことで、体験者の意思が加わる仕掛けとなっています。自分の分身の居場所を決めるようなイメージですね。

もうひとつは、声の音量や波形、話した秒数などを記録したレシートを発行すること。レシートは2枚発行され、1枚は体験者に持ち帰っていただき、もう1枚は体験者が選んだスピーカーの中に溜まっていきます。そのレシートの量でそれぞれのスピーカーがどれだけ選ばれているのかが一目でわかります。

「地方」によって、人口、生産、消費など様々な違いがあるように、この作品で、その「量」の差をレシートの蓄積で表現したかったんです。3年の展示期間でどのような「量」の差が生まれるのか。3年後の様子が想像できないからこそ楽しみです。

体験者が吹き込んだ声の波形などを記録したレシートがスピーカーの中に溜まっていく様子。
体験者が吹き込んだ声の波形などを記録したレシートがスピーカーの中に溜まっていく様子。


--実験的な作品ですね。吹き込まれた言葉を音色に変換するのはなぜですか。

(日山)人の声のままだと自分の声を特定されるかもしれない状況が嫌な人もいますし、どのような言葉を吹き込まれても問題なく流せるようにという理由もあります。そういったプライバシーやモラルの問題は、言葉が蓄積される限り考える必要があることですよね。これも社会と同じだな、と感じます。


--音はどのように変換されているのですか。

(日山)吹き込まれた声の音階(抑揚)、音量を抽出して、シンセサイザーによるサイン波で音色を構成しています。音色になっても吹き込んだ本人はなんとなく自分の言った言葉を感じられるように、また無機質なものではなく、人っぽさが残るよう温かみのあるイメージで設計しています。

壁掛け型のスピーカー。
「at here」壁掛け型のスピーカー。


--これまでのアート活動との違いはありますか。

(日山)これまでやってきた個展との大きな違いは、テーマをいただいたこと。今回は「地方」という言葉や状況を、音を生業としている僕なりに解釈しました。

それから、今回の作品はひとりで作ったわけではなく、UI・ネットワーク開発で安友裕秋さん、声から音色への変換システムでKatsuhiro Chibaさん、スピーカー筐体と空間デザインで西尾健史さん、電子制御システムで河島晋さんと、それぞれの分野でのプロフェッショナルにお力添えをいただきました。一人ではできないことをみんなで取り組めたのも良かったです。


--トリエンナーレを訪れる方々に一言お願いいたします。

トライアルさんが宮若市にどう腰を据えていくのか、これからの3年間に期待と興味が湧いています。アート、トリエンナーレが入ることでどんな影響を与えて、3年後どんなことが起きるかワクワクですよね。

声と言葉という自分の分身を残していくわけですから作品に触れて見方が変わったり、その人のあり方に影響が与えられたら嬉しいです。ぜひ皆さんも会場に足を運んで、声と言葉を置いていってください。

日山豪 | Go Hiyama

プロフィール

佐賀県出身のサウンドデザイナー。2002年、テクノミュージックプロデューサーとして英国レーベル「Coda」よりデビュー。2010年、サウンドデザイン会社「エコーズブレス」を設立。多くのプロダクト、空間、映像等のプロジェクトに携わる。個人では、個展「音を鳴らすということ」主催、自動BGM生成プログラム『AISO』システム開発、音×器のブランド『モノヲト』商品開発など、音を多角的に捉える活動を行っている。その他、大学、企業での講演も多数。



撮影:勝村祐紀(勝村写真事務所)