2021年7月から開催している第1回宮若国際芸術トリエンナーレ。本インタビューでは、招聘アーティストとして宮若市の廃校跡施設に作品を展示する、九州にゆかりのある若手アーティストたちに注目。
第5回は、松尾高弘さんに光やデジタル技術を用いたインスタレーション(注1)の制作や宮若の地で感じたことなどを伺いました。
あらゆるものを媒介する光だから新しいものを創造できる
--これまでの制作の歩みを教えてください。
(松尾)10代の頃は、情報工学やシステム工学、なかでもVRやCGに興味があって工学系の勉強をしていました。ただ学んでいくうちに、デジタルの世界で技術が先行しすぎると現実空間と断絶して、人が技術に操られているようになり、感情や情緒が置き去りになっておもしろくないと思うようになったんです。
VRの仮想空間は、作り手が全てを構築した"マイワールド"を鑑賞者に提供することで、作り手が支配的になってしまう。なにより、自然界で起きている現象とデジタルの中で起きていることが一致せず、作られた演出に留まってしまうことに違和感がありました。
そこで、技術に偏らない表現をやりたくて九州芸術工科大学(現・九州大学 芸術工学部、以下芸工)に進学しました。芸工では、美しさやデザイン性と技術の割合が自分の中のバランス感覚と合った制作ができました。
はじめはソフトウェアや映像などデジタルメディア、マルチメディアのユーザーインターフェース(注2)を制作していて、今のように空間のインスタレーションアートやデザインにつながる制作を始めたのは卒業研究あたりからです。
--空間全体を作品にしようと思ったのはなぜですか。
(松尾)生身の人間と作品が交わり、干渉しあえる状況を考えると自ずと空間を使う発想になっていきました。一方的に提示される作品を見るだけでなく、没入、体験することで鑑賞者が作品の一部になる。現実空間ならばそういうことが自然にできるのではないかと思いました。
--松尾さんの作品はどれも光が印象的です。光を用いる理由や魅力を教えてください。
(松尾)光は原始的で本質的。人工のものも自然のものもあって、無限の可能性を持っています。空間で作品を発表するときの親和性も高い。言語に囚われず直接人間の知覚や認知に働きかけられることにも惹かれました。
学生の頃は映像やLEDなど発光物を用いた作品を作ってきましたが、それら全ての上位概念は光。制作手法としてのテクノロジーに依存するのではなく、どのような方法であったとしても、新しい光を作りたいと思いました。
--なるほど。デジタル技術と光を組み合わせた作品も多く制作されていますね。
(松尾)この10年ほどで急速にデジタルと現実の融合が進み、メディアアート(注3)、インタラクティブアート(注4)が発展してきました。デジタルと現実の融合点で何ができるのかを問われるなかで、自分にとって光を用いることは新しいものをクリエイションし続けている自信を持てることでもあります。
技術に重きを置いていると、古い/新しいという話になりがちだけど、それでは本質を見失ってしまいます。私は自分の表現を突き詰めていくよりは、どんどん変化していく環境や技術、認知を捉えながらそこに投げかけていくものを作っていきたい。そのためには、普遍的で最先端の技術にもアナログなものになじめる光を中心に据えてさまざまなメディアと交わっていくことが不可欠だと思っています。
(注4)インタラクティブアートとは、観客を巻き込むことで表現を成立させるアート。映像や音に観客のアクションを取り込んだり、パフォーマンスに参加させたりとさまざまな形態がある。
自らの記憶と宮若の地が触れ合って生まれた風の通り道
--トリエンナーレの会場である宮若の印象を教えてください。
(松尾)宮若は平野で山が低く、空や雲を大きく感じます。また、とても風抜けがよく、少し距離はありますが玄界灘の海風がとどいているような感覚がありました。
--今回は、「新しい空気を作る」をコンセプトに風の動きをあらわすインスタレーションを制作されました。アイデアはどのように生まれたのでしょうか。
(松尾)「新しい空気を作る」は、はじめに宮若に行った時に風が抜けていく印象が強かったのと、若い頃の経験から生まれたコンセプトです。当時は、今よりも技術に重きを置いた仕事をしていて遅くまで働いていることもありました。大変だったけどあの頃何が良かったのかを思い返すと、朝方に建物を出て外の空気を吸ったことでした。
今回の会場であるTRIAL IoT Lab(旧宮田西中学校)は、技術者の方が多く働くと聞いています。かつての自分と重なる部分もあって、働いている人の気持ちが少しはわかる気がしました。
そういった自分が感じた宮若の風土や経験、展示する施設のことを前提に作品をつくろうと思いました。作品は自分を表現するものではなく、風土と鑑賞者をつなぐ媒体と考えています。これまでも、自分の内面にあるものと風土や状況といった外的要素が合わさったときに新しいものが生まれるのではないか、というデザイン思考に近いスタンスで制作を行ってきました。
--風が吹くとオブジェクトが回転する仕組みにはどのような技術が用いられているのですか。
(松尾)風を感じ取るセンシング技術(注5)と、センサーの反応にシンクロして菱形のオブジェクトが一つずつ、連鎖的に回転する技術を使っています。また、オブジェクトには光源を持たず、特殊なスポット光で、回転にともなって光が反射して、強く明滅するようになっています。
成熟した技術は目を向けなくても当たり前に存在している。トライアルさんも、買い物という日常的な行為をより便利にする技術を多く生み出してこられて、技術のことを大切にしていきたい人が多い企業だと思います。日常の営みを技術で裏側から支えるところが、トライアルさんと作品の共通点になるのではないでしょうか。
土地での記憶が降り積もった人間がつくる作品が風土を伝えていく
--これまで越後妻有の「大地の芸術祭」や中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックスにも参加されてきました。宮若国際芸術トリエンナーレの特徴はどのようなところだと考えていますか。
(松尾)「九州にゆかりのある」と特定の地域の括りでアーティストが選抜されているのは、ほぼ例のないことだと思います。ゆかりがあるということは、体感してきたことを作品としてアウトプットできるリソースを持っているということ。良いことも悪いこともその土地で経験してきた強みがあります。
強い風土や文化が根付いている土地では、それに影響された作品が生まれやすい印象です。どうしても頭を使った発想になりがちだけど、そうではなくアーティストの中にある感覚や経験が生きる作品が出てくるのではないかと思います。
トリエンナーレがアーティストそれぞれのインスピレーションを引き出せる取り組みになると、宮若でやる意義が大きくなるし、アーティストの記憶や体験を作品を通して見ていくことで鑑賞者とシンクロする部分があるかもしれません。宮若の風土の活性化にもつながるのではないでしょうか。
--トリエンナーレを訪れる方々に一言お願いいたします。
(松尾)アート作品の体験を通じて、宮若の風土や魅力を体感できる機会になればと思いますし、それを体感した方々のパワーや想いで、今後福岡を中心とした芸術の活性化や進化につながればと思っています。作品を通じて九州や福岡を体感いただけたら嬉しいです。
松尾高弘 | Takahiro Matsuo
プロフィール
1979年生まれ、福岡県出身。株式会社ルーセントデザイン代表。九州芸術工科大学大学院修了。映像、照明、オブジェクト、インタラクションと、美的表現による光のインスタレーションを中心に、映像やライティング、プログラミングなど、多彩な表現やテクノロジーによるアートワークを一貫して手がける。2020年は、羽田空港国際線ターミナル「TOKYO AIR」、LA MER Genaissance「Dreamscape」、Pola Museum Annex 個展「INTENSITY」など。
撮影:LUCENT
取材:立野由利子(ピノー株式会社)